奇跡の話💖いろんな家族の形があって良い💖父と弟

   

近年、いろんな家族にまつわるニュースが多くなりましたね。

「虐待」「疎遠」等など。。

親が子供を虐待死させてしまったニュース、

子供の自殺を止められなかったニュース、

いろんなニュースがあるけれど、

どれも心が飛び出しそうなくらいぎゅ~と胸が詰まるような

切ないニュースがいっぱいです。

だけど、ニュースではその深い事情までは語られないので、

「どちらが悪い」の一言で片付けられないものです。

でも、どんな事情があったにしても、

どんな環境だったとしても、

それを幸せに変える「家族」もいます。

 

私の弟

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私には10歳年下の弟がいます。

弟は私が小学4年の夏に、我が家にやってきました。

「生まれた」のではなく「やってきた」のです。

弟は私の母親の妹の子供で、

私にとっては「いとこ」にあたります。

弟にはこの時、兄がいたのですが、

その「兄」が1歳になるかならないかの時に、

実母は失踪してしまったため、

私の父が養育費を出し、祖母が育てていました。

そして1年後のある日、もう一人の子供(弟)を連れて、

 

実母が突然現れたのです。

 

この時、弟は7か月でした。

私の母も含め、母親の親戚たちが怒らない訳がありません。

弟の実母である妹は親戚たちからずっと怒られていました。

それは当然の事だと思うのですが、

何故かその怒りは、当時7か月の弟にも向けられ、

まだ赤ちゃんだった弟にまで、罵声を浴びせていました。

弟は人見知りしなくて、誰にでもニコニコしている、

本当に可愛い赤ちゃんでした。

そばに大人がいると、手を伸ばして「抱っこ」を求めるんですが、

そんな弟を大人たちは

 

「赤ん坊のクセに愛想が良い」だの、

「可愛げがない」だの、

伸ばした手をわざと振り払ったりと、

 

本当に酷い事をしました。

そんな醜い大人たちを弟は不思議そうに見ていました。

だけど、マジで弟は可愛いかったので、

私と姉は抱っこしたくてたまりませんでした。

姉が手を出して、抱っこしようとすると、

 

「抱くんじゃない!変な里子心がついたら困るんだから!

向う(弟親子が住んでいたところ)に帰ったら、

誰かにあげるって言ってるんだから、なつかれたらたまったもんじゃない。」

 

母にそういわれて抱っこできません。

弟たちを祖母の家に置いて、私達は家に帰りました。

家に帰ると、父が仕事から帰っていて、

母は早速、父に弟の事を話しました。

母の話を最後まで聞くと、

父は私達に聞きました。

 

「どんな子なの?」

「あのね!すごく可愛いの!にこにこしてて、

人見知りしなくて、すごくすごく可愛いの!」

 

私達が答えると、

 

「連れておいでよ。

パパ、みてみたいな。」

 

と言いました。

ギャーギャー怒る母親を無視し、

私達は急いで弟を迎えにいきました。

 

弟を連れて、家にかえった時の記念の瞬間の事、

私達姉妹は今でも覚えてます。

玄関を開けると、すでに父が玄関に立っていて、

姉が抱いている弟を一目みると、

 

「可愛いな~!おいで!パパだよ!」

 

そう言って弟に手を伸ばし、抱っこしたんです。

父に抱っこされて、嬉しそうに笑っていた弟の顔は、

本当に幸せそうでした。

 

そして、この日から弟は元の家に帰る事はありませんでした。

 

養子縁組

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先にも書きましたが、

弟の実母はもともと弟を育てる気がなく、

自分の職場の人(スナックかなんかと思われる)に、

養子に出そうと決めていて、

我が家に来たとき、

弟はまだ出生届も出していませんでした。

名前もなくて「ぼくちゃん」と呼ばれていました。

まだ子供だった私達は大人の事情はわかりません。

その時、私の父が出生届を出しましたが、

母と違う女性の子供なので、とりあえずは実母の戸籍にいれました。

 

弟の「誕生日」と「名前」に込められた父の強い思い

 

弟の誕生日は「アメリカ独立記念日」の7/4。

一人の人間としていろんな権利を手にした記念の日です。

名前は父の名前の一文字をとって名付けられました。

後に、弟は我が家の一員になるために養子縁組をしたのですが、

これにも父の強い願いが込められています。

ただ戸籍を移すだけでなく、

弟が我が家の子供として安心して生活できるように、

父は裁判をおこして、実母に永久に親権放棄をしてもらいました。

もちろん、その裁判で弟の実母から不服があった訳ではありませんが、

父と弟にとってはとても意味のあるものだったのです。

 

「わ~い!これで、誰にもはばかりなく、

名札を書いてあげられるぞ~!」

 

そう言って父は大喜びしていましたから。

当然の事ですが、弟はこんな事は全く知る由もありません。

ただ、父に抱きしめられてビックリしていました。

 

弟の人生

 

その2年後、弟が8歳の時に父は53歳の生涯を終えました。

弟に「どうもありがとう。」と言って。。

父の死後、弟は母と2人で生活していたのですが、

(私達姉妹とは年が離れていたので、私達と弟の生活は別でした)

父親の「死」という悲しい現実、

また、それと共にくる色んな母親のストレスは、

まだ幼い弟への「虐待」という形でぶつけられました。

 

弟が中学生の時に、会社に弟の担任から電話がありました。

 

「○○君、今、警察にいるんですが、

お母さんでは身元引受人にはなれないんです。

お姉さん、迎えに来れませんか?

とりあえず、詳しい事情は直接会ってから話します。

だから、お願いです。

迎えにきてあげてください。」

 

私と姉はビックリしたのですが、

すぐに、姉と父の部下の一人が迎えにいきました。

そして、しばらくして姉から泣いて電話がきました。

 

「あのね、ママがね、○○(弟)にね、

「お前なんて本当の子供じゃないんだ!

お前の本当の父親はろくな奴じゃない!

だから、お前もろくな人間になんかならない」って、

言ったんだって。。

○○が、もう家に帰りたくないって。。

このまま警察にいたいって言うの。

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いくら、富さん(父の部下)が、言っても話し聞かないの。」

 

姉も大泣きしてしまって、話になりません。

その場は担任の先生に電話を変わってもらい、

弟が落ち着くまで、しばらくは担任の先生のところにいるようにしてくれました。

私も出来るだけ早く仕事を終わらせて、

高速を飛ばして家に帰りました。

家に帰ると、母はテレビを観て笑っていて、

その姿をみて、私は怒りが抑えられなくて、

母に大声をあげてしまい、父の部下に止められました。

先生や部下がなぜ弟にそんな事を言ったのかを尋ねると、

 

「だって、本当の事じゃない。」と、

 

あまりにもあっけらかんと答えました。

中学の担任、近所の人たちができる限り注意を払っていたのですが、

母の虐待は止まらず、弟は15歳で家を出て行ってしまいました。

弟が出ていくと、実家には弟の実母を含め、

母親の親戚が出入りするようになったため、

私と姉は、弟がいつ帰ってきても大丈夫なように、

母を母の実家のあるところに引っ越しさせました。

それから2年経ち、私も姉も結婚しました。

そして、ある夜に弟が突然、私の家に訪ねてきました。

いろんな事があったので、

私も、主人も弟が今までどこで何をしていたか等はきかないでいました。

弟も何か見た目がめっちゃヤンキーな訳でも、

やさぐれてる訳でもありませんでしたから。。

 

そして主人が休みの日、弟と家族みんなで温泉に行ったのですが、

温泉から帰ると主人から、弟の身体にはたくさんの切り傷がある事を聞きました。

それは自傷の傷ではなくて、誰かからナイフとか刃物とかで切られた傷だと。。

私達と離れている間、たった一人でいろんな事を乗り越えたんだと思うと、

私はとても胸が苦しくなりました。

あんなに必死で父が守ってきた弟なのに、

私も姉も何も助けてあげられなかったと思ったからです。

弟は19歳まで私達と暮らしていたのですが、

どうしても地元(母と暮らしていたところ)に帰りたいと言って、

我が家を出ていきました。

地元には姉が住んでいたので、一人暮らしをしていてもいくらか安心です。

そして弟が23歳の時、弟は結婚しました。

更に弟には翌年、弟に似た可愛い子供が産まれました!

 

弟と父

 

少しだけ落ち着いた弟には、

父がどれだけ弟を愛していたのか、

どれほど私達も弟を大切に思っているかだけを弟に話し、

母の事には一切ふれず、

私達兄弟は平和に生活していました。

父ほど弟を包んであげる事はできないけど、

だけど、大切に大切に。

 

でも、またまた突然の電話でまたこの平和が崩れてしまいました。

 

その電話は母が入院している病院からの電話で、

母が母の親戚たちから虐待され、父の遺産や年金を横取りされているので、

助けてあげてほしいとの電話でした。

だけど、私も姉も弟の生きてきた人生の事を考えると、

助けてあげる事を相当悩みました。

 

また、弟をいじめられたらどうしよう。。

 

私達はとても悩んだのですが、

父が命がけで守った我が家の長男である弟に全てを話す事にしました。

すると。。

 

「ねぇ。。母ちゃんの事、オレが面倒みるんじゃだめなの?」

 

耳を疑うような言葉が返ってきたんです!

私と姉が初めて弟に母の虐待の事を話すと、

 

「だけど、オレの母ちゃんは母ちゃん一人だし、

姉ちゃん達にはわからないけど、俺と母ちゃんだけの良い思いでもいっぱいあるんだ。

俺、母ちゃん好きだし、もう憎んでなんかいないもん。

その時があって、今の幸せな俺がいるんだから。」

 

弟がそういうのであれば、私達には止められません。

赤ちゃんだった弟をイジメた親戚の元に、

弟は母を取り戻しにいき、母が死ぬまで面倒をみました。

弟は母と血のつながりはあっても、

父とは全くの他人です。

だけど、その偉大な優しさは父にそっくりなのです。

 

産んでくれてありがとう

 

母親の葬儀の日、父方の親戚や父の部下たちが来ました。

父方の叔母が、弟のお姑さん達に、

母が弟にどれほど酷い事をしたのかを話している時の事です。

 

「○○ちゃんは、本当に苦労したんです。

ママにもひどい事されて。。

だから、どうか大事にしてあげてください。」

 

そういうと弟は私達がしてきた辛い事を全て幸せに変えてくれる

魔法のような言葉を言ったんです。

 

「だけど、俺には姉ちゃん達がいたよ。

どんな時でも姉ちゃん達が助けに来てくれた!

だから、俺は幸せだった。」

 

父が死んで、いっぱい苦労をさせてしまった。。

母の虐待から守れなかった。。

一番つらかったであろう時に一緒にいてあげられなかった。。

 

そんな思いを、私も姉もずっともっていたんですが、

この言葉で、私と姉は本当に「幸せ」だと思いました。

母の事、そして、自分達のできなかった事、

父が急死して、たくさんの事があったけど、

だけど、その時間はすべてこの日のために必要だった事。

父が命をかけて守った大切なものを私達は守れたんだから。。

 

母の葬儀では弟のこの言葉で私達姉妹、

そして、ずっと見守ってきた父の部下達は涙が止まりませんでした。

普通ならば、産んだ子供を次々と捨てる親に非難ごうごうだけど、

私と姉はその実母に言いたい。

 

「産んでくれてありがとう。

この子に逢わせてくれてどうもありがとう。」

 

いろんな家族の形がある

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世の中には、いろんな形の家族がいます。

また、いろんな神話(負のスパイラル=虐待された人は虐待する等)があります。

だけども、私の弟みたいなケースもあるのです。

虐待をも乗り越える強い信念、

どんなに血がつながっていなくても受け継がれる尊き精神もあるのです。

 

父と弟が教えてくれた事

 

・注がれる愛情は血縁家族でなければならない理由はない事。

・注いだ愛情は絶対に無駄にはならない事。

・強い愛情は血よりも濃い事。

 

子育て中の方へ

 

子育ての結果はすぐには出ません。

自分がその時にできる事を精一杯してください。

長い時間だから、

だから

その分のプレゼントも大きいのです。

血のつながっていない私達が出来たのであれば、

お腹を痛めて産んだみなさんは、

絶対にいろんな事が乗り越えられるはずです。

そして、そうぞどんな自分でも、

そしてどんな子供にでも、自信をもってください。

今の苦労は、将来皆さんが必ず手にする「幸せ」の準備なのです。

 

 

 

 

 

 

 - 子育て, 生き方

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